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COVID-19重症化の謎とマイクロバイオーム関与の可能性1

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)には、これまでの医学の知識では説明できない不思議な特徴が数々ある。感染しても大部分の人は無症状~軽い上気道炎症状だけで終わるが、なぜ一部の人のみが重症化するのか? その重症化因子として、高齢、糖尿病は分かるとしても、高血圧や肥満など、通常は感染症のリスク因子とは考えられない疾患が浮かび上がっている。それらがどうしてリスク因子たり得るのか?などなど。 厄介なウイルスである。

 私は、薬学部の出である。しかし疾患、特に呼吸器感染症の病態については人一倍関心を持ち、常に海外の基礎的研究に目を配ってきた。私は肺に疾患を持っているからだ。COVID-19の病像についての様々な疑問について、現在続々と発表されている論文を読み、考え、これまでの経験も踏まえて、この疾患の病態についてある仮説を抱くに至った。

 この仮説は、いまだ世界のどの研究者からも医師からもほとんど⽰されていないものではあるが、しかしこう考えると新しいアプローチの道が見えてくる可能性もあることから、この機会にそれを提示したい。病態の理解は、治療戦略の組み立てにも直結する問題だからである。
※現在までに唯一の論文として,豪州の研究グループから出た5月1日付けのものがある

 

なぜ免疫抑制薬?

 現在この病気を抑える治療薬の開発が世界中で行われている。抗ウイルス薬としてはレムデシベルファビピラビルがある一方で、重症肺炎の治療に抗IL-6受容体抗体トシリズマブサリルマブなどが有望視されている。

 これらを眺めると、臨床医学の事情に通じた人なら、急性呼吸器感染症の治療薬としてはかなり奇妙なリストであることが分かるだろう。抗菌薬(抗ウイルス薬)は当然として、後者、免疫抑制薬がなぜリストアップされるのか? 急性感染症はそれを惹き起こす微生物との戦いであり、抗菌薬が開発の中心であるべきで、そこに戦いの主役、宿主免疫を抑制する薬剤を使うなど、普通考えられないことであり、過去の歴史にもあまり例を見ない。ここにこの新しい感染症COVID-19の複雑さがある。

 ここで、この感染症の奇妙さを整理してみよう。

 感染者の8割は、軽微な上気道炎症状のみで(無症状の人もいるようだ)、通常は抗体が産生されウィルスが駆逐される時期、7日目くらいに終結する。ここまでは季節性インフルエンザなどに見られる一般的な急性ウィルス感染症の経過である。これを第1相と呼ぶことにする。ところが一部の患者において、7~10日目くらいに突然に肺炎が発症する。その一部は急速に進行し、重い呼吸不全を起こしてしばしば死に至る。その他、腎障害、凝固異常なども起こり、死因は肺炎による呼吸不全を中心とした多臓器不全である(これを第2相と呼ぶことにする)。

 第1相から第2相に移行する人の割合は2割くらい、悪化の危険因子は、高齢、糖尿病、高血圧、心臓病、腎臓病などで、最近は肥満も言われている。驚くべきことに、肺の基礎疾患は意外なほど少なく、また関節リウマチなどで免疫抑制薬を使用中の場合もリスクとはされておらず、HIVも少ない。なお、第1相における奇妙な病像として、しばしば(30~60%)突発する重い嗅覚、味覚障害が合併することが指摘されるようになった。

 COVID-19のこれらの不思議な病像について、最近ようやくいろいろと研究されているようだが、いまだにほとんど説明できていないようだ。

第2相では何が起こっているのか?

 最大の問題は、なぜ第2相が発生するのか? ということである。ウイルスが減少~消失するはずのその頃に、肺に激しい炎症が起こる、これはなぜか? おびただしい死者を出した1世紀前のスペイン・インフルエンザでもこの第2相は見られたが(3、4日目が多かったとも言う)、それは大部分爆発的な細菌感染であったことが病理剖検報告などから確定している( Brundage JF. Emerg Infect Dis. 2008; 14: 1193–9.)。

 また2009年の新型インフルエンザでも、同じような検討を通じて死亡の25%に続発性細菌感染の強い関与が証明されている。

 しかしCOVID-19のこの第2相には、細菌は関与していないようだ。ウイルスは残存するがその直接傷害によるものでもない。通常そのような議論は死者の病理解剖報告に基づいて行われる。COVID-19についての病理報告はまだ少ないが、その少ない報告からほぼ上記のことはわかっている。

 代わって、この第2相ではサイトカインストームが起こっていると言われる。本来病因菌から身体を守るシステムである免疫系が暴走し、各種の炎症性サイトカイン(IL-1、IL-6、TNFαなど)が大量に放出され、これらが肺をはじめとして多くの臓器を損傷し、死に至らしめる


 これらの炎症性サイトカインを選択的にブロックする薬(免疫抑制薬)として、関節リウマチなど炎症性疾患の治療薬として開発されたバイオ製剤トシリズマブやサリルマブがCOVID-19の臨床に試用され、症例数は少ないものの非常に良い治療効果が上がっているのだ。これが冒頭の疑問、なぜ急性感染症に免疫抑制薬? に対する一応の答えになる。

なぜ一部の人にのみ第2相が起こるのか?

 ではなぜ一定の条件を備えた人にのみこのような免疫の暴走が起こるのだろうか? 残念ながらそれに対するしっかりとした説明は今までのところ存在しない。

 そこで以下、私見である。

 これまでの考え方は、事態を微生物と宿主免疫の一対一の戦いとして捉えるものである。時に後者の働きが過剰となるにしても。しかし感染症一般におけるこのような考え方は、近年勃興した新しい科学の世界によって修正を迫られつつある。マイクロバイオーム学である。

 この記事の読者はマイクロバイオームが何であるかについて既にご存じと思うので解説は最小限にしたい。過去20年間に次世代シーケンサーを駆使した研究によって全く新しい生命学の地平が出現した。人の身体(特に外界と接する領域)には100兆個にもおよぶ微生物が共生しており、ヒトの免疫システムと絶えざる応答を繰り返しつつヒトの健康と病気の成り立ちに重要な役割を担っている。この乱れ(dysbiosis)が免疫の乱れ(dysregulation)を惹き起こすと難治性の炎症性疾患が生じる。潰瘍性大腸炎クローン病だけでなく、肥満、多発性硬化症、糖尿病など実に様々な病気がこの乱れによるものであることが証明されつつある。

 私の仮説は、コロナウイルスと宿主の戦いの中にマイクロバイオームという媒介項を設定すれば、これら様々な謎が解けるのではないか? である。コロナウイルスが気道(あるいは腸)のマイクロバイオームを変改し、そのdysbiosis が第2相の免疫学的異常(暴発)を招来する、と考えてはどうか? である。

「マイクロバイオームがウイルスと宿主免疫の間の媒介項として病態形成に関与している」と言う仮説の情況証拠

 そんな説が成り立つのか? 以下、状況証拠を挙げてみる。

 そもそもウイルス感染でマイクロバイオームは変容するのか?もちろん大きく変容する。これについてはインフルエンザ感染、ノロウィルス感染などにおいて多くの研究があり、以下のレビューがその大要を知るに便利である

 最近COVID-19においてもこれは確認されている。この変容は病気のその後の経過に甚大な影響を与え得る。マイクロバイオームは構成によっては宿主の抗体産⽣を抑えることがあり得る(まさに今、COVID-19で起こっていることを想起させるようだ)。これに対して、抗菌薬を使用してマイクロバイオームを改変することにより、宿主にとって有利な状態を作り出す可能性もある。ただしその逆方向の作用もあるようで、単純ではない。この総説はいろいろと興味深い知見が紹介されている。ご一読をお勧めしたい。

 以下、COVID-19の悪化のリスク因子とされる高齢、肥満、高血圧、糖尿病がなぜそれを起こすのか? と言う疑問を考える上でマイクロバイオームを媒介項に設定すると何が見えてくるか、あるいは初期に出現する奇妙な症状、味覚・臭覚の脱失がマイクロバイオームと関連があり得るかについて、それぞれ論文を一つずつ紹介しつつ考えてみよう。

1) 高齢
 これについては、マイクロバイオームは加齢とともに大きく変化することを論じた以下の論文を紹介する(Xu et al. BMC Microbiology 19: 2019.)。

2) 肥満
 最近にわかにCOVID-19の悪化因子として注目を浴びているのが肥満である。肥満が糖分や脂質の過剰な摂取によってもたらされるだけではなく、腸のマイクロバイオームの変容もまた⼤きく関わっていることは、今や定説となっている。その原因として様々な因子が想定されているが、その一つとして乳児期の抗菌薬の過剰投与が挙げられている。今や周知のことなので文献は必要ないだろう。

3) 高血圧
 高血圧の成り立ちにマイクロバイオームが関与している可能性も最近研究が蓄積されている(Richards EM. et al. Curr Hypertens Rep 19: 2017.)。

4) 2型糖尿病
 2型糖尿病の成⽴にマイクロバイオームが密接に関与することも、近年、多くの研究が行われ、総説にまとめられている(Gurung M, et al. BioMedicine . 51:2020.)。

 高齢、肥満、高血圧、2型糖尿病ではマイクロバイオームが大きく変容している可能性があり、そのような個体にウイルス感染による働きかけが起こると、免疫の暴発を起こしやすいのかもしれないとの推論は、成り立ち得るだろう。

5) 臭覚、味覚異常もマイクロバイオーム学的アプローチから説明され得る(Cattaneo C. et al. Scientific Reports. 9: 2019.)。
 
 この考え方は、われわれが平素、体調の良し悪し、味覚が舌の色、マイクロバイオームを反映に現れると言う経験的事実から受け入れやすい。もっとも、嗅覚・味覚異常は突然かつ完全な脱失として起こるようだから、やはりウイルスの嗅覚細胞、味覚細胞への直接作用と考える方がよいのかもしれない。