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誤解されている「空気感染」
──空気感染と言えば、麻疹、水痘、結核が挙げられ、さらにそれ以外に空気感染するものはないという意見さえもあると聞きます。
西村 そうした漠然とした固定観念こそが、感染様式の理解を妨げています。本当にそうでしょうか。私は、(1)客観的に感染したことが分かりやすい、
(2)伝播関係が見やすい、
(3)症状がはっきりと分かるケースは免疫を持たない場合に起こる事象である──と、この3つがそろっていることが麻疹、水痘、結核で空気感染があることを分かりやすくしているだけなのだと思っています。一方で、多くのインフルエンザ研究者は、インフルエンザでも短い距離での空気感染はあると考えていますが、インフルエンザに詳しくない人はそれを良しとしません。先の3つの感染症と違って、ある程度皆が免疫を持っていることが多く、症状が顕在化しないケースも多いし、その季節になると患者が多いのでどこで感染したか特定が難しいからです。日常的にある感染症でありながら一般には典型的な条件がそろう頻度が少ないだけとも言えます。検証するのが難しいからといって、「空気感染はしない」とは言えません。インフルエンザでも空気感染と判断できる典型的な実例もありますし、環境中でのウイルスの検出や実験室での検証結果といった、空気感染を示すデータはそろっています。
──よく、「もし空気感染なら莫大な感染者が出るはずじゃないか」といった意見を耳にします。
西村 それはちがいます。大勢の人が感染するかしないかは、その病原体の感染様式によって影響を受けるのは確かですが、それ以外にも、感染者から排出される病原体の数と病原体が感染性を維持し続ける時間、広がる距離による拡散の程度によっても大きく影響されます。患者さんが出すウイルスは患者さんの状態によってたぶんまちまちであると考えられます。たとえばインフルエンザでも一回の咳でほとんどウイルスを出さない例が多く、大体は遺伝子量にして数十から数百コピーレベルです。ときに何万コピーも出す例があり(ただし生きているウイルスはその百分の1程度)、素直に考えれば、多分新型コロナでも同じようなことが起きていると思われます。その程度であれば、特殊な条件がそろわない限り、伝染が成立する相手の数や位置は限られて当然です。
少なくとも短い距離での空気感染は認めるべきだ
──麻疹などで言われているような、極端に長距離での感染事例の有無も問題になりますか。
西村 麻疹や水痘で言われている長距離の感染を厳密に証明したオリジナルの論文を、勉強不足で申し分かりませんが私は見たことはありませんので、だれか詳しい人に教えていただきたいです。ただ、私たちはそうした長距離については、可能性はあるものの、あるともないとも言っていません。しかし、強く主張したいのは、例えば、狭い室内などの短い距離あるいは少し広めの室内などの中距離の空気感染に関しては、証拠足りうる事例とデータがあり、そこは認めるべきだと主張したのでした。
何と言っても一番の問題は、まるで麻疹、水痘、結核が空気感染の定義であるかのように語られ、これ以外は空気感染ではないと考えられていることです。それは本末転倒です。むしろ、麻疹、水痘、結核の専門家の人たちの中には、「新型コロナは空気感染だ。なぜそう言わないのか」と言う人たちもいるくらいです。
問答無用で「インフルエンザや新型コロナが空気感染なはずはない」という人たちがいます。そういう人たちに逆に聞きたいのですが、では、いったい麻疹、水痘、結核で起きることのうち、何がインフルエンザや新型コロナでも起きれば空気感染であると認めてくれるのでしょうか。
目の前にあるウイルス感染症が空気媒介性ならば、ウイルスを含むエアロゾルがどれだけ放出されるか、どれだけ乾燥しやすい環境なのか、室温はどれくらいか、空調や換気で空気はどう流れているか、などによってどの程度感染が広がるのかが推測できるので、こうした知見に基づいて対策を考えていくべきです。
いずれにせよ、「3密を避けよう」とかソーシャルディスタンシングの働きかけも、すぐに落下する飛沫ではなく本来の定義のエアロゾルを介した感染を考えていて、それは取りも直さず、少なくとも短中距離での空気感染を想定しているわけで、結局は私たちの主張と矛盾していません。これに尽きます。