今も、臨床留学の手続きは面倒

アメリカ臨床留学の前振りとして、臨床実習については今度の機会にとりあげたいと思う

今回は日本の初期研修医に当たるレジデンシーとして、臨床に従事するための手順について紹介する。

　まず米国の医師国家試験に該当するUSMLEのStep1とStep2に合格する必要がある。その上でECFMGの認定を受ける必要がある。ECFMGはEducational Commission For Foreign Medical Graduatesの略で、米国で臨床に従事したい外国人医師の適性を証明する非営利団体で、知人が留学した当時は、ECFMG English Testに合格すれば、ECFMG Certificateが授与された。しかし、最近ではUSMLEのStep2に、実際に模擬患者を診察してカルテを記載するCS（Clinical Skill）という試験も加わっている。Step1の基礎医学とStep2の臨床知識の試験は日本でも受験できるが、Step2のCSはアメリカで受験する必要があるので、当時よりも受験のハードルは高くなった。

　このECFMG Certificateを取得した後に、初めてレジデンシーの就職活動を行うのである。アメリカのレジデンシーの就職活動はマッチングで行われるが、外国人である日本人が希望通りの病院に採用してもらうことはほとんど不可能と予想されている。採用されるのは、へき地などの条件が悪い病院と相場が決まっていた。ECFMG Certificateを取得するだけでも大変なのに、これ以上余計な苦労はしたくなかったので、私や先輩はアメリカのレジデンシーへ日本人を紹介するプログラムを利用できないかと考えた。調べてみると、第2回に紹介したNプログラムと、野口英世の業績を記念して日米医学交流の促進を目的にした財団法人の野口医学研究所が見つかった。野口医学研究所は比較的短期間の留学プログラムが中心だったので、3年間の留学プログラムがあるNプログラムに応募することにした。

　このNプログラムの選考試験も大変であった。日本の医師国家試験に合格していることと、ECFMG Certificateを取得していることのほかに、留学希望者にはTOEFLの受験を推奨していたから、改めてTOEFLを受けることにした。履歴書などの書類の準備や、面接試験なども必要だった。私はは運良くNプログラムの選考に通ったが、面倒な手続きはそこで終わりではなかった。アメリカ渡航のためのワクチン接種と診断書作成、観光旅行ではないから渡航ビザ申請と長期滞在の準備もしなければならない。そして、実際にアメリカへ渡航してからも、Social Security Number（社会保障番号）の発行、銀行口座開設、自分が住むアパートの契約、アパートで使用する家具の購入、電話とテレビの契約など、必要な作業は目白押しであった。

実際の研修開始は7月1日からだったが、新研修医のオリエンテーションは約1週間前から始まることになっていた。オリエンテーションの中で3日間はACLS（2次救命処置）の講習である。上記のもろもろの手続きはオリエンテーション開始前までに済ませていなければならなかった。期限内に手続きを終了させるために、マンハッタン中をyellow cabを飛ばして毎日1人で駆け巡っていた。当時独身で渡航ならまだしも、家族がいる人の場合、妻子の手続きも必要となる。妻子持ちで渡航する方はさらに多くの手続きで苦労を強いられることになる。

　このような時に、やはり力強かったのは、同じ日本人の先輩や同僚の存在であった。同じような苦労をしているので、いろいろな手続きを教えていただけるし、様々な貴重なアドバイスも頂いた。

　私たちがNプログラムを選んで良かった点は、同じ病院に日本人の先輩や同僚がいてアドバイスが期待できたこと、研修病院のあるニューヨークは日本食や日本語のテレビなどがあり日本の生活に触れられること、ニューヨークは交通網が発達しているので、必ずしも車を所持する必要がなかったこと、などだ。また、ニューヨークにはいろいろな民族が住んでいるので、日本人に対する風当たりが弱いことも挙げられる。個人的にはこれが良かった。

　一方、当時日本では、「ニューヨークは治安が悪く危険な街である」という風評が立っていた。ニューヨークに行ったら、銃撃事件に巻き込まれて、無事に帰って来られないのではないかと不安がる人もいた。しかし、実際にニューヨークに住んでみると常識的な範囲で行動すれば安全な街であった。

　今は翻訳機Wi-Fiルーターも発売されていて気軽に海外に行きやすくなったように思う。自分の視野を広げることはとても人生において価値ある投資であると私は考えている。