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あしたへ向かって

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抗がん剤による下痢、重症度をどう評価する

65歳男性Bさん

職業:会社員、同居家族:妻
現病歴:結腸がん術後
レジメン:結腸がん(術後補助化学療法) XELOX療法(カペシタビン[商品名ゼローダ他]、オキサリプラチン[エルプラット他]の併用治療)

 Bさんは、3週間前に初回のXELOX療法を受け、今回2コース目のXELOX療法治療目的のため受診した。医師の診察の前に、薬剤師外来でカペシタビンのアドヒアランスや副作用の確認を行った。

川上「今回抗がん剤治療は初めてでしたが、体調はいかがでしたか」

B「ゼローダを飲み終わる頃に下痢が出てきて大変でした。最初は全然大丈夫だったのですが、最後に下痢が出ましたね。ゼローダも何回か飲めませんでした」

川上「それは大変でしたね。下痢は、いつから始まりましたか。1日に何回ほど下痢があったか、覚えてらっしゃいますか」

B「うーん。下痢が出始めたのは、ゼローダを1週間以上飲んだ頃だったかな。手帳に記録してあります」

川上「ありがとうございます。ご自宅での状況が分かって、とても助かります」

※XELOX療法の治療スケジュールは、初日にオキサリプラチンなどの点滴治療を行い、2週間カペシタビンを服用。その後1週間休薬で1コース。

 近年、外来通院による抗がん剤治療が多くなってきました。入院せずにQOLも保てて患者さんにとって良いことですが、治療開始後に医療者が患者さんの状態をこまめに確認できない分、副作用の発現状況などを適切に評価しないと、患者さんの安全を担保できません。日常生活に支障が出るような副作用が出現した場合には、薬剤の減量や中止を検討しないといけないケースもあります。

 そんな中、患者さんの自宅での状況を的確に把握するのに役立つのが、治療日誌です。今回は、治療日誌の有効な使い方について紹介します。

 自分が患者の立場になって考えてみると分かるのですが、「XELOX療法を受けた3週間前に吐き気や下痢の症状がどうだったか」と聞かれて、すぐ答えられるものでしょうか。「下痢がひどくてとても大変な思いをした」といったように、よほど印象に残る出来事があれば覚えているかもしれませんが、普通は何週間も前のことははっきり覚えていないのではないかと思います。

 だからこそ、日ごろから自宅で副作用や体調について治療日誌に記録してもらい、その記録から副作用を評価するということが重要になるのです。

カペシタビンの下痢の発現率や時期の特徴は
 では、Bさんの治療日誌の内容から、今回の下痢についてどう評価したらよいでしょう。

画像は載せられなかったが

 Bさんが記載したXELOX療法の治療日誌
日々の排便回数などが詳細に記載されている。赤字で囲まれた服用時点は、カペシタビンを内服できなかった印(全4回分)。(上記は15日目までだが、実際は休薬期間中も記載)

 抗がん剤治療の副作用を評価する際に、まず欠かせないのが、「重症度(Grade)評価」です。これは、米国国立がん研究所(NCI)が作成した世界的な基準「有害事象共通用語規準(CTCAE)」のことで、誰が評価してもおおむね同じ結果になるため、客観的な評価ができます。有害事象ごとに、Grade1(軽症)~5(死亡)の5段階評価が設けられており、Grade 2以上で日常生活に支障が出るというイメージです。

 有害事象の評価は、治療継続の可否にも関わるため、「下痢がひどい」といったおおまかな把握ではなく、具体的に評価することが重要です。ちなみに下痢はベースライン(治療開始前の排便回数)からどれくらい排便回数が増えたかで評価します。Grade 1はベースラインと比べて4回/日の排便回数の増加、Grade 2は4~6回/日、Grade 3は7回/日以上です。

 今回、Bさんが訴えていた下痢の発現時期や具体的な回数についても、治療日誌から把握します。治療開始前の普段の排便回数を確認すると1~2回/日だったのに対し、治療開始14日目は10回、15日目は15回とあるので、排便回数はそれぞれ8~9回/日、13~14回/日増加です。ベースラインと比較して7回以上/日になるのでGrade 3と評価します。また、その影響で、1コース目の最後の4回分のカペシタビンを内服できなかったことも日誌から確認できます。

 カペシタビンによる下痢は、有名な副作用の1つです。今回Bさんが受けている大腸がんに対するXELOX療法での下痢の発現率は約50%、Grade 3以上の重篤な下痢(ベースラインの排便回数と比較して7回以上/日の排便回数の増加)は約3%と報告されています。現場の感覚でいうと、「たまに下痢がひどい患者さんに出会う」という印象です。

 カペシタビンによる下痢は、薬剤の用量依存的ではなく、臨床現場においては「下痢になる人はなるし、ならない人はならない」という感覚です。つまり、下痢がひどい場合は、治療の1コース目で発現し、それはカペシタビンを内服中に継続して下痢が発現していることが多いです。特徴としては、カペシタビンを飲み終わる頃や、休薬期間に入った数日間のうちに下痢が発現するというパターンです。(※XELOX療法の治療スケジュールは、初日にオキサリプラチンなどの点滴治療を行い、2週間カペシタビンを服用。その後1週間休薬で1コース)。

 下痢の発現時期やカペシタビンの服薬アドヒアランスは、治療日誌で排便のパターンを経時的に注意深く見ることや、患者さんにカペシタビンの内服状況を確認することでよく分かります。

 今回のBさんのケースでは、下痢はGrade 3で、カペシタビンを飲めなくなるほど重篤な副作用だったということになります。Bさんに話を聞くと、1コース目の1週間の休薬期間中に下痢はGrade1相当まで改善したため、休薬はせず、2コース目はカペシタビンを1段階減量して治療を開始することになりました。

 一方で、もし休薬期間の間に下痢がGrade 1以下にまで改善していなければ、下痢が改善するまでXELOX療法の休薬を医師に提案します。XELOX療法を再開する時には、ロペラミド塩酸塩(ロペミン他)の処方を事前に提案し、1日2回の定時内服薬や頓用での使用を患者さんに説明します。

治療日誌を書き続けるのは大変!感謝の言葉を
 今回紹介したように、薬剤師として副作用を適切に評価するために、治療日誌は欠かせないアイテムです。ただ、実際に患者さんが毎日それを記入するのは大変なもので、忘れてしまう患者さんも少なくありません。そんな時、私が日ごろから心がけているのは、患者さんの行動に敬意を払い、感謝の言葉を伝えることです。

 患者さんが、大変なのに医療従事者に自身の状態を伝えるために記入してくれているのだということを理解した上で、「毎日記載してくださったので、ご自宅での状況がよく分かります」「お通じの回数を詳しく書いてくれたおかげで、状態がよく分かりました」などと患者さんに伝えると、患者さんは次回も快く治療日誌を記載し、見せてくれます。その結果、我々は副作用を適切に評価することができることになり助かります