うがいは、東アジア、特に日本の衛生習慣

先日の夕方のこと。犬の散歩中の近所の女性から、立ち話のついでに「新型コロナウイルス（SARS-CoV-2）の予防に、うがいは効果がないのですか」と聞かれました。

　そう言われてみると、SARS-CoV-2感染予防策の基本は、人との接触の機会を可能な限り減らすこと（具体的には、不要不急の外出を減らすことと三密［密閉、密集、密接］を避けること）に加えて（1）ソーシャルディスタンス、（2）マスクの着用、（3）手洗いが推奨されています。

　子どもの頃から、ウイルスや細菌による上気道感染の予防の基本は、帰宅時の手洗いとうがいと教え込まれてきました。しかし、SARS-CoV-2感染の予防対策にうがいは出てきません。

うがいは、東アジア、特に日本の衛生習慣

　うがいには、水や抗菌作用を持つ液体を口に含んで、口の中をゆすぐ「クチュクチュうがい」と喉をゆすぐ「ガラガラうがい」の2種類があります。ただ、ガラガラうがいは、東アジア（日本とその影響国）の衛生習慣で、世界的に見て一般的なものではないようです。

　うがいの目的は、口の中の細菌やウイルスを洗い流す、あるいは口の中の菌やウイルスを死滅させることです。手洗いと同様、洗い流すだけなら水で十分です。また、うがいに使用する液体（洗口液）に含まれる抗菌成分には、（1）クロルヘキシジングルコン酸塩、（2）セチルピリジニウム塩化物水和物、（3）ベンゼトニウム塩化物、（4）ポビドンヨードがあります。さすがに、手洗いのように、抗菌・抗ウイルス作用を発揮する濃度のエタノールは使用されません。

　うがいと言えば、ずらっと並んだポビドンヨード含有うがい薬を前にした大阪府知事の記者会見（8月4日）が、関心を集めました。その内容は、「ポビドンヨード含有うがい薬の使用で、唾液PCR検査の陽性率が低くなる」という軽症者対象の研究結果（大阪府立病院機構・大阪はびきの医療センター）を公表した上で、発熱などの症状がある人や接待を伴う飲食店の従業員、医療従事者らに使用を呼びかけました。

　しかし、科学的エビデンスが乏しいとの専門家の指摘を受け、大阪府知事は翌５日の定例記者会見で、「口の中のコロナウイルスが減少するという結果であり、感染予防効果があるわけではない。予防薬でも治療薬でもない」と釈明することになりましたが、4日の会見直後から、ドラッグストアのポビドンヨード含有のうがい薬の棚が空になったり、医療機関への供給不足を引き起こすなどの混乱を来しました。

うがいは、細菌やウイルスの感染予防に効果があるのか？

　では、うがいには感染予防効果があるのでしょうか?　結論から言うと、質の高い臨床試験の結果がないので、新型コロナウイルス感染症（COVID-19）に対する予防効果は現時点では不明です。

　この会見後にSNSでも話題になったのが、京都大学健康科学センターが行った研究結果。この研究（2002～03年に実施）は、研究対象者387人を「水うがい群」、「ヨード液うがい群」「特に何もしない群（対照群）」の3群に無作為に分けて、2カ月間、かぜの予防効果を比較しています。その結果、１カ月当たり100人中の発症者は、対照群の26.4人に対し、「水うがい群」は17.0人、「ヨード液うがい群」は23.6人でした。「水うがい群」が最も効果があったという意外な結果でしたが、この研究は、かぜの予防効果を検討したもので、インフルエンザウイルス感染症やCOVID-19に当てはめることはできません。

　色々と調べていたら、ニューヨーク・タイムズ紙のニール・ナイトーという医師の記事（20年3月29日）を見つけました。この記事の結論は、「現時点で、SARS-CoV-2（あるいは、他のウイルスや細菌）による呼吸器感染症に対するうがいの有効性を示す質の高い臨床試験成績はない」ということです。ただ、著者は読者とのやり取りの中で「米国政府は、フェイス・マスクと同様に、うがいをもっと奨励すべきだ」と述べています。もちろん、臨床試験が行われることが前提ですが。