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あしたへ向かって

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緊急事態宣言解除後にますます重要であるべきPCR検査の誤用が目に余る2

このような中では、注力すべき対策の軸足が、SARS-CoV-2感染者に対する医療提供体制そのものから、感染者を見つけ出すためのモニタリング体制の構築・拡充に移っていくことになる。

 確かに大火事は消し止められたが火種はまだ残っている。人の動きが再開されるに従い、火種が風に煽られ野火のように広がるリスクは当然ある。今後の対策の基本は、この火種を見つけては消し、見つけては消し、という作業をひたすら丁寧に繰り返していくことになる。その時に最も重要なインフラは、やはりPCR検査である。

 この何よりも大事なPCR検査の体制の拡充を阻む最大の障害は、無症状者へのPCR検査そのものである。

 様々な知見が積み重ねられ、無症状者へのPCR検査がいかに無意味で、有害なものであるのかがよりはっきりとしてきた。そのことをなるだけ分かりやすく、簡単に説明してみたいと思う。

無症状者へのPCR検査が無駄な理由とは?
 一般にSARS-CoV-2へのPCR検査の感度は70%程度とされている。しかし、これは症状がある患者に対して行われた場合の感度である。従来から無症状者のウイルス排泄は有症状者に比べて少ないことが推定されていたが、症状発現前後のPCR検査の感度に関するまとまった報告がいくつか出てきた。その中で、7つの研究を統合したレビューがジョンスホプキンス大学の研究者らによって発表された。これはアメリカ内科学会の発刊するAnnals of Internal Medicineのオンライン版に5月13日に掲載された研究である。

 この報告によると、SARS-CoV-2に感染していることが最終的に確認された患者であっても、発症4日前であればPCR検査の感度は、なんと0%だという。つまり、本当は感染していたとしても100%偽陰性となってしまうのだ。もちろんサンプル数が限られた研究(1330人)でもあるので、これだけで発症4日前のPCR検査の感度が絶対に0%だとは言えない。しかし、相当程度に低いことは間違いないだろう。これは、発症前日であってもその感度が33%に過ぎないことから見てもうかがえる。なお、発症当日での感度は62%で、発症4日目は最も高く80%である。一般に言われる「感度70%」というのが、発症日からの日数が混じり合った症例における結果であることが分かる。特異度について、米食品医薬品局(FDA)は100%と報告しており、日本でもPCR検査の陽性をもって診断確定としていることからひとまず100%と仮定できる。その上で、無症状者へのPCR検査の感度がたかだか30%程度であるという事の意味をもう少し丁寧に見てみよう。

 例えば、日本全体に、まだ見つかっていないSARS-CoV-2の感染者が実は1万人いるとしよう。ここ数日の1日当たりの新規確認患者数は全国で数十人程度だから、見つかっている患者の数百倍の患者が潜在的に存在しているという、現実にはほぼあり得ない仮定を敢えておいてみるのだ。そうすると全国の有病率(確定患者を除く)は0.008%(1万÷1億2000万)となる。このような疫学的状況下で施行されるPCR検査の意義について考えてみよう。医師国家試験に毎年のように出題されている基本中の基本の問題である(とはいえ筆者も単純な計算ミスをしょっちゅうするが)。

 もし、検査までに症状による絞り込みを行わなければ(例えば手術や出産前のスクリーニング検査がそれにあたる)、検査前確率は有病率と同じ0.008%になる。1万人の真の感染者のうち、検査で陽性となるのは感度30%では3000人で、残りの7000人は偽陰性となってしまう。また、SARS-CoV-2に本当は感染していない1億1999万人は特異度100%では、全員が正しく陰性と判断される(仮に特異度90%なら1億799万1000人[1億1999万×0.9]が検査陰性となり、残りの1199万9000人は偽陽性となる。無症状者を検査することの不都合な真実として、検査すればするほどものすごく多くの偽陽性者が出てくるという重大な倫理的問題もあるが、ここでは特異度100%というこれまた非現実的な仮定を置くことで、この問題をスルーさせていただく)。

 そうすると検査が陰性となるのは、真の陰性1億1999万人と偽陰性7000人の合計である1億1999万7000人となる。このうち、本当の感染者である確率は7000を1億1999万7000で割った数だから0.006%となる(この数字は、仮にPCR検査の特異度が90%であっても、0.0065%となるだけでそれほど大きくは違わない)。

 無症状者に対してPCR検査を実施する事の意味は、医師の目の前にいる無症状患者が新型コロナウイルスに感染している可能性が、元々0.008%だったところ、検査で陰性を確認できればさらに0.002%程度少なくなる、ということでしかない。実際には、潜在的な感染者が1万人も確認されないまま我々のコミュニティーの中で生活しているとは到底考えられない(数十パーセントは症状が出ているだろうし、その多くが受診もするだろうし、そこから検査につなげられる人もいるはずだ)ので、さらに小さな効果しかないことになる。目の前の患者が感染者である確率が0.008%から0.006%になることで、対策上、どのような違いが生まれるというのだろうか。0.008%ならN95を付けて、0.006%ならサージカルマスクにするとでもいうのだろうか?

 非感染者であることを確認する方法としては、PCR検査は全く役に立たないし、検査前確率が低い状況ではそもそも陰性確認自体が不要なのだ。

無症状者へのPCR検査が有害である理由
 陰性確認検査が無意味であることに加えて問題はまだある。それは、これだけ無意味な検査に一日あたり数千万円から数億円の公費(保険料と税金)が投入されていることだ。保険料と税金はどちらも国民から徴収されたものであり、それを受け取るのは主として大学病院である。

 5月15日に厚生労働省が診療報酬の疑義解釈を発出し、無症状患者へのPCR検査が保険で認められた。現在、保険で認められているPCR検査については、大学病院を中心とするインハウス検査の場合は1万3500円、一般市中病院が民間検査会社に外注する場合は1万8000円がつけられている。

 民間検査会社は、引き受けられる件数に限りがあることもあって、かなり強気の値段設定をしており、診療報酬である1万8000円とほぼ同等の値付けをしているところがほとんどとなっている(1万8000円を超える値段設定をしているところも少なくない)。外注PCRをオーダーする医療機関には検査そのものの診療報酬に加えて1500円の判断料が入るが(判断料は月に1回のみ算定可能)、指定感染症が疑われる検体の輸送料で数千円かかることも稀ではな。結果、外注検査に依存せざるをえないほとんどの医療機関では、検査するごとに医療機関側の持ち出し分が上回る状況となっている。輸送料が高額になるのは近隣に民間検査会社がない地方の医療機関ほどその傾向が強いことも、平等性の観点から問題性が強い。

 一方で、大学病院等の大規模病院では、PCR検査を自施設で実施する体制が整えられているため、検査をするごとに1万3500円の診療報酬が入る(包括医療費には含まれない)。もちろん、試薬や人件費はかかるが、それでも検査毎に赤字が発生する状況は考えられない。

 大学病院ではスクリーニング検査としてのPCR検査が保険収載されたとの認識の下、主として手術等の患者に関して日に数十件から百件を超える無症状者への検査を各施設が実施している。施設によっては、内視鏡検査やより軽微な処置の患者にもPCR検査をルーティンで行っているところもある。

 実際にどれぐらいのスクリーニング検査が行われているのかについてはまだ詳細な情報が公開されていないが、平日であれば全国で数千件から1万件を超えるスクリーニング検査が日々行われることになると考えられる(一国の首相が増やせ増やせと言ったにも関わらずなかなか1万件を超えることがなかったPCR検査だが、大学病院がまやかしの安心ラベルのために本気になってやればこれぐらいはすぐに増える、ということが証明されようとしている。まったくどこで本気をだしているのか、よくわからない事態である)。

 このことは、上段で確認したように全く無駄な検査に対して毎日数千万円から億単位の医療費が投入され(てい)ることを意味する。PCR検査は、患者負担が発生しないように設計されており、その医療費は保険料及び税金から支払われることになる。この医療費を受け取るのは、PCRをインハウスで実施できる施設に限られており、そのような医療機関のほとんどが大学病院である。

 こうしてみると、全国医学部長病院長会議が、PCRによるスクリーニング検査の保険収載を求めたことも納得がいく。要するに、打ち出の小槌と見たわけである(上記事情を鑑みれば、そう見ていると考えざるを得ないと思うが、どうだろうか?少なくとも、感染対策上は0.008%と0.006%の違いには何の意味もないし、感染対策に携わっている者はそのことを皆知っている)。

 いかに感染対策として役に立たないものであるかは、政府の文書からも伺い知ることができる。PCR検査と並んでその有用性が期待されている(され過ぎている)抗原検査に関して、厚労省新型コロナウイルス感染症対策本部が5月13日にガイドラインを発出した。これによると、抗原検査とPCR検査との陽性一致率は37%程度しかない。PCRの感度自体が7割程度であることを踏まえると、抗原検査の感度は単純計算で26%しかないことになる。また、抗原検査陽性をもって直ちに診断確定してよいことからも分かる通り、特異度はPCRと同様にほぼ100%と考えられている。

 つまり、抗原検査の検査能力は、症状発現前の感染者に対するPCR検査とほぼ同等ということになり、上段で無症状者へのPCR検査について展開した論理がそのまま応用できることになる。翻って抗原検査陰性で真の陰性を保証しないことはだれしも異論がないところだが、実は症状発現前のPCR検査の状況も全く同じである。

 いずれにしても、「陰性」を確認する手段としてこれらの検査を用いることは全く無意味であり、公的な財源でこれを行うことは極めて不適当である。

 まとめると問題は2つある。1つ目は、無症状者へのPCR検査が大きな穴の開いたザルであるという科学的事実だ。もしかすると破れたザルの窪みかなんかにたまたま陽性が引っかかるかもしれないが、そんなことはまず起こらない(具体的に言うと、上記のように1万人も未確認感染者がいると仮定しても4万人検査してようやく1人の陽性者が見つかる計算になる)。これは誰かが悪いという話ではなく、新型コロナウイルスに対するPCR検査の特性そのものである。このような基本的な検査結果の理解は、医学における科学リテラシーとして重要であり、もちろん医学部で習う。国家試験でも必ず問われる。医学部長や大学病院院長という日本の医学界を代表する立場にある先生方がこのことを理解していないように見える振る舞いをされているのははなはだ奇妙である。そして、より重大な2つ目の問題は、このような無駄な検査ごっこに何億円もの公費が投入され、今後もされ続けようとしているということである。

 少なくとも、一部の圧力団体(ラウドマイノリティ-)に引きずられて、多くの国民が知らない間に決めるべきことではない。今からでも議論し直すべきだ。