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あしたへ向かって

トレンド、医療、政治、趣味について書いていきます

オルベスコ出荷調整でみる、情報との向き合い方

新型コロナウイルスSARS-CoV-2)の世界的な感染拡大が止まらない。未知のウイルス感染が徐々に広がっているという特殊な状況下で、社会全体が不安に包まれる中、ドラッグストアからティッシュやトイレットペーパーが消えたように、今回の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が社会にもたらしているのは、感染症を超えた「何か」であるように思う。「何か」とは少なくとも熱が出るとか、咳が出るとか、重症化する可能性があるとか、そういったことだけではない。

 様々なメディアが連日、SARS-CoV-2やCOVID-19について報道しているようだが、良くも悪くも情報は社会的に大きな影響を与えてしまう。今回はメディア情報が日本社会に与えた影響の例として、COVID-19 に対するシクレソニド(商品名オルベスコ)の症例報告を取り上げながら、人は自分が思うほど合理的かつ冷静な判断ができないという側面について考察するとともに、現代社会において医療・健康情報とどう向き合えば良いのか論じてみたい。

症例報告を「三た論法」で単純評価

 2020年3月2日、日本感染症学会のウェブサイトに症例報告が掲載された。PCR 検査においてSARS-CoV-2陽性で酸素化が不良、かつCT画像で肺炎所見を認める3人に対して、シクレソニド吸入(200µg、1日2回)を使用したところ、酸素化の改善、解熱、食欲改善など、良好な経過を得たという。

日本感染症学会ウェブサイト感染症トピックス(新型コロナウイルス「COVID-19 肺炎初期~中期にシクレソニド吸入を使用し改善した3例」

 本文献では、シクレソニドの抗ウイルス活性に関する示唆が考察されているが、同薬はステロイドであり、有効な抗菌薬の存在しない感染症、深在性真菌症の患者には禁忌である。COVID-19は有効な抗ウイルス薬が存在しないという点で、同薬の禁忌に該当すると思われる。しかしながら、この症例報告は一般メディアでも取り上げられ注目を集めたようである。COVID-19への不安からオルベスコの需要が高まり、同薬を安定供給し続けるため、製薬会社は出荷調整を始める事態となった。

 こうした騒動の一因として、メディアの影響は否定し難い。当然ながら、この症例報告だけで、COVID-19に対するシクレソニドの有効性を決定付けることは不可能である。症例報告の情報を解釈する上で注意したいのが、いわゆる「三(さん)た論法」だ。「三た論法」とは、薬の効果を「使った、治った、効いた」と単純に評価してしまうことであり、語尾の3つの「た」をとって「三た論法」と呼ばれる。のが由来。
とされている。


 「サプリメントを飲んだ→症状が改善した→だからサプリメントには効果があった」――という症例報告を考えてみよう。一見すると、サプリメントに症状の改善効果が認められたような気もするが、この論法ではサプリメントを使用しなくても症状が改善した可能性が全く無視されている。論法としては、「てるてる坊主を軒下につるした→翌朝晴れた」という情報から、「てるてる坊主に効果があった」と結論することと同じである。

 症例報告においても同じことが言えるのではないかと考えている。もちろん、シクレソニドの有効性を否定するものではないが、この症例報告をマスメディアが都合よく解釈し、あたかも効果があるような印象を残す報道がなされたことは事実であろう。このことはまた、紙不足でトイレットペーパーやティッシュがなくなるというデマ情報がSNSソーシャル・ネットワーキング・サービス)上で拡散され、これらの製品が一時的に市場から消えてしまったことと似通った構造かもしれない。