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あしたへ向かって

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新型コロナ、日本の低い死亡率は“幸運”だから??

わが国の新型コロナ感染症(COVID-19)の第1波が収束した今、日本の死亡率が欧米に比し2桁少ないことが世界的な注目を集めている。その説明として、日本人特有の生活習慣、遺伝子素因、行政の取り組み、医療体制などが挙げられている。それぞれについて今後の綿密な評価、研究が期待される。しかし一般的に言って、これらの因子が単独では若干の差をもたらすとしても、2桁もの差を生み出すとは考え難い。複数の因子の複合と考えるべきだろう。

 地球全体に視野を広げて見ると、COVID-19の人口100万人当たりの国別死亡率には驚くべき差がある。西欧諸国、北米などでは軒並み3桁である一方、日本を含む東アジア諸国、中東の一部の国々などでは1桁である。実に100倍の差である。また中東、ロシア、東欧などは、その中間の2桁である。



 国別BCG接種とCOVID-19死亡率(わたし調べ)
 とすると、日本人特有の何かを探るという話ではなく、いまパンデミックに襲われている世界全体に共通する課題として、何がこの大きな地域差をもたらしているのか、そういう思考の枠組みの中で検討が行われなければならない。

 あれこれ挙げられているその因子の一つとして、BCGワクチン接種(以下、BCG)が何らかの役割を果たしているのではないかとの考え(以下、BCG仮説)が浮上して来ている。

 この主題については、先の大阪大学の宮坂昌之氏のインタビュー記事(関連記事:BCGと新型コロナ、分かっていることいないこと[前編・後編])で、その理論的可能性について詳細に述べられている。免疫学の第一人者ならではの広がりと厚みがある。

 ただ彼のの談話はBCG以外にも広範に及び、この魅力ある仮説の全貌を伝えているとはいえない感がある。私は宮坂氏のWebでの発言、論文などを通じてこの仮説を知り、自分なりにこの主題について文献を集め、最新の免疫学的知見を勉強して、この説が免疫学的にも深い根拠を持っていることを学んだ。

 そこで浅学を顧みず、宮坂氏が時間の関係もあり詳述していないところも私なりの理解で補いつつ、もう一度この魅力ある仮説を検証してみたい。なお、宮坂氏は、この主題についての見解をまとめて英文論文として発表されている。これも読みやすくかつ意を尽くした論文なので、ぜひ一読をお勧めする(M. Miyasaka EMBO Mol Med [2020] e12661)。

 私が、先の宮坂氏のインタビュー記事があるにもかかわらず、このBCG仮説を改めてここで紹介するのには今一つ理由がある。COVID-19の死亡率にこれほどの差があり、今世界的にその理由が探られている中で、最も説得力の高い理論の一つと思われるこの仮説が、わが国では、ほとんど認知されていないということである。単に地域が一致しているだけで、それは偶然であり、それ以上の科学的理由はないと見なされ、あまつさえ、最近出たイスラエルからの否定的な論文をもって、もうとどめは刺されたと言わんばかりの論が感染症専門家からも発せられている。

 そのような誤解を解くためにも、この説が多くの科学的知見に基づいた、説得力の高いものであることをここでぜひご説明したい。
COVID-19における自然免疫の役割
 COVID-19は人類が初めて遭遇する病原体による疫病であり、有効なワクチンが開発されるか、人口の6割が感染して免疫を獲得するまでは、この疾病の前に無力にうなだれているしかない、というのが、今広く言われているところである。しかしこれは本当だろうか?

 COVID-19は、感染者の8割は無症状~軽度の上気道炎症状で終始し、1週間程度で治癒する感染症であるが、2割において重症化が起こり、5%の人が死亡すると概括される。その重症化は宿主免疫の暴発(サイトカインストーム)であり、その原因は未だ解明されていない。

 しかし実際の感染者数は、現在感染が確認されている数の10倍はいるとの説が、我が国の専門家会議のメンバーを初めとして国内外の専門家から繰り返し唱えられてきた。最近各国で始まった信頼度の高い抗体調査もほぼ一貫してそれを支持する数字である(関連記事:全国4万人規模の抗体検査、0.43%が陽性)。

 もしそうだとすると、上記の定式はこう書き換えられねばならない。感染者の98%は無症状~軽い症状で終わり、2%の患者においてのみ重症化が起こる、死亡(致死率)は全感染者の0.5%程度である。

 すなわち、98%の人は、このウイルスに感染しても自然治癒している、ということになる。すなわち抗体を持たないはずのこのウイルスに対して大部分のヒトは自分が持っている免疫で対応できている、ということである。

 ヒトの感染免疫には、自然免疫と獲得免疫とがあることはどなたもご存じと思う。自然免疫は、マクロファージ、NK細胞などの細胞が担うもので、侵入してきたウイルスなどの病原体を貪食し、処理して、これを押さえ込む。その一方で、自然免疫が戦っている間に樹状細胞、Tリンパ球の活動を通じてBリンパ球が特異抗体を産生するようになり(獲得免疫)、この大量に産生された抗体が病原体を中和し、感染を終息させる。

 従来、初めて遭遇する病原性の強いウイルスに対して自然免疫は無力であり、広範な獲得免疫の成立を待つか、もしくはワクチン接種により獲得免疫をブーストできる状態をあらかじめ形成しておかない限り、戦いには勝てないとの論調が支配的だった。

 しかし現実に、COVID-19では98%のヒトがそれらの過程を経ずに治癒を得ている。この治癒には獲得免疫の関与は現時点では証明されておらず、とすれば自然免疫単独でも十分強力であり、SARS-CoV-2に対して、必ずしも抗体形成を待たずとも制御できていることを示唆すると考えられる。これは、宮坂氏もインタビューで語っている。

 更に最近、中国や欧米から続々と出てきている臨床免疫学的研究によれば、 COVID-19の病態は、ウイルスの侵入とそれに対する自然免疫、獲得免疫の活動で形成されるが、重症例では、自然免疫の過度な活性化と、それに引き続きサイトカインストームが生じていることが、その病態解析を通じて明らかになっている。米国の総説がその大要を知るのに便利である(Vardhana SAet al. J Exp Med. 2020 e20200678.)。

 獲得免疫がこの病気においてどんな役割を果たしているのかは、いろいろ調べられてはいるが、未だ明らかではない。特に抗体については、産生時期が遅く、形成されない人もいるなど、従来の常識とは異なる様相であるが、抗体が形成された場合も、それがかえって病状を重篤化させる例が少なくないとの報告があり、これについて宮坂氏は、「善玉抗体」「悪玉抗体」という呼び方で詳説されている。
BCGの予備知識
 BCG仮説を検証する前に、まず、BCGについて復習したい。BCGは、フランスのパストゥール研究所で作られたウシ型結核菌の弱毒化生ワクチンである。それが幾つかの国に分与され、その過程で生物学的特性の異なる幾つもの菌株(10種以上)が生じた。現在そのうち3つの菌株が広く用いられている。日本株、ロシア株、そしてデンマーク株である。この中で日本株は生菌数が多く、免疫誘導作用が最も強い、デンマーク株は免疫誘導作用は弱い。ロシア株がその中間とされる。

 便宜上、宮坂氏は、日本株およびロシア株をまとめてearly strains(前期株)、デンマーク株およびそこから派生した株をlate strains(後期株)と呼んでいる(M. Miyasaka EMBO Mol Med [2020] e12661)。

疫学的事実
 再度、表1を参照されたい。

 現在、BCG前期株の広範接種を行っている国の多くで、COVID-19の死亡率(人口100万対)が1桁である。日本、韓国、台湾、タイ、マレーシア、イラクなど。後期株を使用している国、イラン、ポーランドなどは高めで2桁である。中国も後期株であるが、ここでは患者の大部分が湖北省に限局しているので湖北省の数値で代表させた。やはり2桁である。その一方、BCGを国策として行ったことのない国、米国、イタリア、オランダ、ベルギーなどの死亡率はいずれも100倍前後、3桁である。BCG接種をかつて行っていたが現在はやめている国々、英国、フランス、スペインなどでも、死亡率は同様に高く、3桁。なお、いずれの国も後期株を使用していた。

 即ち、BCG前期株の広範な接種の有無と、低い死亡率との間に相関がある。

 この考え方を適用すると、国境を接したスペインとポルトガル(前者はBCGを施行せず、後者は直近まで行っていた)、イランとイラク(いずれも行っているが前者は後期株、後者は前期株)の死亡率に4~14倍の違いが出ていることも説明が付くかもしれない。

 ただし、この考えでは説明できない地域はある。ロシアおよびトルコは前期株であるが、死亡率はやや高く2桁である。またオーストラリアは35年前にBCGを中止しているが、死亡率は低い。早期からの厳格な対応、国土が広大で人口密度が低いなどの要因があるのかもしれない。即ち死亡率に関わる因子は、BCG以外にも多々あり得るということである。

免疫学的根拠
 免疫学的根拠については、近年、免疫学者による研究が多数蓄積されている。中心になっているのはオランダの研究グループで、そのエッセンスが簡潔なコメントとしてNature Reviews immunology に掲載された(O’Neill LAJ, et al.Nat Rev Immunol[2020])。

 詳細な解説は同じグループの下記の総説に展開されている(Netea MG. et al. Cell 181 2020)。

 以下、これらの仕事から学んだことを紹介したい。

 BCGは結核菌のみならず、様々な細菌、真菌、ウイルスに対して防御効果を付与することは以前から気付かれていた(オフターゲット効果)。BCG接種を受けた集団の観察を通じて、死亡率が低い(結核だけでは説明できない)、呼吸器系ウイルスの感染が少ない、呼吸器感染症の罹患が少ない、などが観察されていた。最近もそのような観察研究は次々と出ている。

 10年前より本格的な免疫学的研究が始まり、BCG接種動物(もしくはヒト)において自然免疫系の強化が見いだされている。マウスなどの動物モデルで単純ヘルペスウイルス2、インフルエンザウイルス、カンジダなどへの防御効果が確認され、またサイトカイン産生量が多いことも確認された。ヒトの健康な被験者での研究でも同様の事実が見いだされ、これらの被験者に黄熱病ウイルスを実験的に投与したところ、BCG接種者において防御効果が確認されたという。

 それらの効果は、マクロファージなどの単球および骨髄幹細胞にエピジェネティックな変化として記憶されることが明らかになっている。これにより自然免疫の強化効果が、ある程度の期間持続することが説明され得る。

 これをtrained immunity、「訓練された免疫」(訓練免疫)と呼ぶ。

 以上をまとめれば、BCG接種者においては、ウイルスなどの各種病原体に対しての自然免疫が高められており、それが長期間保持されることが観察研究にて見いだされ、それはまた免疫学的にも裏付けられつつある、といえる。ただし長期間といっても数十年を経た高齢者にまで保存されているかどうかは未検証である。これについては、もしそうであれば、先の論説(関連記事: COVID-19重症化の謎とマイクロバイオーム関与の可能性) で私はマイクロバイオームにその説明を求めることが可能かもしれない、と指摘した。今後の研究が待たれる。

COVID-19とBCG
 以上のことを踏まえれば、BCGがCOVID-19においても、強化された自然免疫を通じて、その感染、重症化を抑止する可能性は十分ありそうに思える。しかし先に述べた疫学的一致はあくまで観察研究の結果であり、免疫学的研究はその可能性をサポートするに過ぎない。確実に証明するためには前向き研究を行わなければならない。

 既に10カ国で医療従事者などを対象とした前向き研究が開始されているようだが、参加者はそれぞれ1000~1万人の規模となっている。現在の医療従事者の感染率3~6%(これから流行は下火になるのでもっと少ない)を当てはめると、これらの研究参加者における罹患数は数十人~数百人程度で、その中で重症化例となると1桁程度と予測される。また免疫誘導作用の強い日本株などの前期株を使わなければ重症化抑止の検証は難しいだろう。このような中で、統計学的有意差をもってBCGの重症化抑制効果を証明するのは相当に困難と予測される(宮坂氏のインタビュー記事(関連記事:BCGと新型コロナ、分かっていることいないこと[後編])。
否定説について
 最近、イスラエルでの疫学的研究がLetterとしてJAMA Network Openに掲載された。30歳代の成人について、BCG接種と非接種の集団を比較し、感染率に差がなかった、従ってBCGの保護効果は支持されなかった、というものである。一部の感染症の専門家やメディアは、これをもってBCG説はやはり否定されたと言っている(Uri Hamiel U, et al. JAMA Network Open. 2020.)。

 しかし宮坂氏も指摘するように、この研究は本質的な問題を何ら検討していない。COVID-19は、先に述べたように、その大部分が自然治癒する疾患であり、問題は高齢者などの一部で重症化、死亡が起こることにある。今問われているのは、BCGがこの重症化を抑え得るかどうかである。その意味では、この論文の筆者らが提示した「感染率」は何ら重要ではない。そして、問題の重症化例は、この研究では、各グループ1例、計2例に認められたのみ。これは研究対象が30歳代の壮年者なのである意味当然ではある。すなわちこの研究はBCGが重症化を防ぐかどうか、という最も重要な設問に全く答えていない。

BCG以外の因子
 最初に述べたように、わが国のCOVID-19の死亡率が欧米の100分の1であったことの原因を考えるとき、BCG以外にも多々関与する因子はあり得る。現時点では生活習慣、社会経済的な状況、医療へのアクセシビリティー、重症者への医療体制、遺伝子素因などが挙げられている。しかし生活習慣については、先に見たように、死亡率の低い国々として日本、東南アジア、中東、東欧、ロシアなどがある。これらの国々に共通する生活習慣というのはあるのだろうか? ぜひ、疫学者には、世界各国と協力してその解明に取り組んでほしいものである。医療へのアクセシビリティーは重要な因子と思われるが、一方、ICUなど重症患者の管理体制は、ここまででは効いていなさそうだ。つい先日まで、日本のICU病床数はOECD加盟国中でも低く心配だと言われ続けていた。

 遺伝子素因の探求は始まったばかりであるが、米国の統計で、人種別にみたCOVID-19の死亡率は、アジア系は黒人、白人より低かったと報告されているので、可能性は十分あるだろう。また、米国以外でも移民を積極的に受け入れている欧州諸国での人種別の比較・分析もこれから出てくるだろう。

 肥満は、当初の中国からの報告ではあまり注目されていなかったが、欧米からの報告が出るに及んで、悪化の最も重要な危険因子として数え上げられるようになった。日本は肥満率が先進国中では最も少ない国の一つであり、その関与についての分析も待たれる。

終わりに
 COVID-19の死亡率が、日本を含む東アジア諸国、およびその他の幾つかの国において欧米に較べ2桁低いという驚くべき事実が見いだされ、世界中がその理由を知りたがっている。それは今後の対策を考える上でもきわめて重要である。様々な因子の関与が指摘される中で、その一つとして、BCG前期株の広範な接種、それがもたらす”強化された自然免疫”が関与している可能性があり、この説は疫学的にだけではなく、免疫学的にも整いつつある。BCG仮説は思いつきではなく、科学的な基礎がしっかり整った学説であることを医療に携わる人々に知ってほしいと考え、その任でないことは承知しつつも、宮坂氏の論文などに導かれ、資料をまとめて見た。

 念のために付言するが、私は日本の高齢者にBCGワクチンの接種を勧めているわけではない。日本のCOVID-19の死亡率の低さをもたらした因子の一つとしてBCGワクチンの広範な接種が社会全体としての抵抗力に関わっているかもしれない、今後懸念される第2波では、社会の崩壊を防ぎつつ感染制御を考えるという困難な局面を再度迎えるだろう。その際、この視点は何ほどかの参考になるはずだ、ということを申し上げたいのである。